映像翻訳者、澤本彩乃さんにインタビューをさせていただきました。

澤本 彩乃 様(40代)
受講生インタビュー、今回は「映像翻訳講座」出身生で、映像翻訳者兼デザイナーの澤本彩乃(さわもと・あやの)様にお話を伺いました。中国語に関してはハンデがあると感じてもいたという澤本さん。翻訳者になったきっかけ、デザイナー業とのやりくりなど、いろいろお伺いすることができました。
■ 台湾のエドワード・ヤン(楊徳昌)監督の映画作品にどっぷりハマり、中国語で理解したいと思うように
幡野(Q):まずは、中国語の学習を始めたきっかけについて、教えてください。
澤本さん(A):少しさかのぼりますが、10代の頃から暇さえあれば小説を書いていて、物書きになるべく、日本大学の芸術学部(以降、日芸)に進学しました。すると、日芸は映像制作が盛んな大学で、周りの影響もあって自主映画を作るようになりました。自分で脚本を書いて、役者を集めて、撮影して、編集して……と、映像を作るほうに次第に夢中になっていきました。作って観て、観て作って、その頃はとにかく映画をたくさん観ましたね。平均すると年間200本ほど観たんじゃないかと思います。日芸では映画関連の授業も受講していましたが、私が受けていた授業で取り上げられるのはアメリカとヨーロッパの作品が中心で、中華圏の作品はかなり少なく、大学時代は中国映画に触れる機会は多くありませんでした。
大学卒業後はフリーランスとして、映画雑誌の編集、映画祭の運営、映像配信サービスの宣伝、映画監督の友人の作品でプロデューサーを務めたりと、映画業界をずっとウロウロしていました。そんな中、20代後半で台湾のエドワード・ヤン(楊徳昌)監督の『エドワード・ヤンの恋愛時代』を見て、ものすごい衝撃を受けました。それまでは日本映画とアメリカ映画、特に岡本喜八とビリー・ワイルダーのファンだったのですが、台湾にこんなにスゴイ監督がいたんだ、と一気にエドワード・ヤンの虜になり、世に出ている作品は全て観ました。ただ、若くして亡くなった監督なので作品数が少なく、同じ作品を繰り返し観ているうちに原語で理解したいという欲が出てきました。

(エドワード・ヤン関連本やDVD)
その頃、ちょうど友人が台湾に出向することになり中国語を勉強していると聞いて、「あ、勉強したらいいんだ」と。それまでは語学とは無縁の人生で、中国語を学ぶという発想すらありませんでしたが、いざ始めてみたら声に出した時の響きが面白く、学ぶことが楽しくなっていきました。ちなみに、父が大学で中国史を専攻していたこともあり、昔からよく父が「中国語は難しいよ」と。父は中国の歴史や宗教が大好きなので、幼い頃はよく会話の中に中国の話が出てきましたが、私には縁がないと思い聞き流していました。でも、今は翻訳をしていて分からないことがあると、たまに聞いたりしています。
中国語を学び始めてから、中国映画も本格的に観るようになりました。そして出会ったのが『さらば、わが愛/覇王別姫』です。これまた衝撃を受けて、同作の対訳シナリオ集を翻訳されている水野衛子先生を知りました。チャン・イーモウ(張芸謀)監督の作品も好きで、こちらも水野先生が多くの作品の字幕を担当されているなあと。
その後、中国語を集中して勉強するために台湾への短期留学を決めました。エドワード・ヤン作品の世界に浸りたくて台北の語学学校を選びました。3カ月という非常に短い期間でしたが、その期間に得たものはあとあと役立ったかなと感じています。

(『ヤンヤン 夏の想い出』のロケ地巡り。有名な圓山大飯店にて)
■ コロナ禍、旅行に行けない代わりにオンラインで台湾の友人と時間を忘れて語り合う。そして、水野衛子先生の講座を発見!
Q.小説、映画、そして台湾、中国という流れだったのですね。中国語の勉強を進められて、どんなきっかけで字幕翻訳者を目指すようになったのですか?
A.中華圏の文化を知りたくて、上海や香港などにも行きましたが、その直後にコロナ禍になり、海外に行けなくなりました。自粛期間に日本語を勉強したい台湾人のグループと意気投合して、オンラインで毎日おしゃべりしていました。自粛中でみんなとにかく暇だったので、何時間もしゃべりまくって……(笑)。今思うと、あれが中国語学習で一番上達した期間だったと思います。
アイケーブリッジ外語学院(以降、学院)のサイトで水野先生の講座を見つけたのもその時期です。「オンライン? 大御所の水野先生? ほんとうに直接教えてもらえるの? 受けるしかない!」と。その時は自分が字幕翻訳者になれるとは思っていませんでしたが、とにかくすごいから受けよう、という感じでした。
Q.コロナ前は対面授業だったのですが、コロナ禍になってオンラインになったんです。だからこそ、いらしていただけたのですね。
A.はい。地方に住んでいたので、オンライン授業が始まったのはとてもありがたかったですね。ですが、その頃ちょうど妊娠しており、講座のスケジュールを見ると出産直前まで授業がありました。初めての出産で、つわりや臨月への不安が大きく、こんな時に受講できるのか……と悩み、勇気を出して学院にありのままご相談しましたら、幡野さんが「出産したらさらに時間が無くなるかも。逆に今こそ受けるべきという考え方もあります」と背中を押してくださいました。実際、本当にそのとおりだったので、すごく感謝しています。
■ 水野先生の「この人はこんなこと言わないわよ」という一言は、いまでも思い出す
Q.「人生、前倒し」は私の座右の銘です(笑)。体調などご不安な中、どのように講座を受講されていたか、教えてください。
A. まず、私は中国語学習においてはハンデがあるという意識が強かったので、とても不安でした。オンラインオフ会でクラスメイトと話した時も、皆さん大学時代に中国語や中国文学を専攻していたとか、家族や仕事で中華圏と関わりがあるという方ばかりでした。
それに、翻訳ソフトは使い慣れていないし、字幕翻訳特有のルールも多く、スポッティング(注釈:字幕が入る部分を決める作業)も思ったより大変で、慣れていないから時間がかかる……。私は語学力に自信がないのに翻訳する時間がどんどん削られる、どうしよう、といつも焦っていました。妊娠中で体調がすぐれない時もあって、毎回課題提出の時はバタバタしていたと記憶しています。ですが、水野先生に直接ご指導いただけることは本当にありがたかったです。他の受講生の翻訳を見られたのも、とても勉強になりました。
Q.原語は同じなのに、訳者が違うとガラッと翻訳が変わりますよね。水野先生の授業で印象に残っていることはありますか?
A. 水野先生の教えの中で特に印象的なのは「この人はこんなこと言わないわよ」という言葉です。今でも字幕翻訳の際には意識しながら翻訳をしていますが、とはいえ翻訳作業は、表記チェック、誤訳チェック、共訳者の翻訳との照らし合わせなど、やらなければいけないことがたくさんあって、ついうっかりしそうになります……。でも、そういう基本的な次元を超えたところで「この人は、こう言うか」という生きた言葉の視点を持つことは本当に大事だと痛感しています。スポッティングにも慣れ、直訳ならすぐ浮かび、時間に余裕ができてこそ、「この人は、こう言うか」という一つ上のステージを思考する時間を割けるようになると思うので、とにかく効率化を突き詰めつつ、考える時間を確保するのは今でも課題です。
■ 初仕事はスポッティングなしの字幕翻訳。その後、仙境モノにも勇気をもってチャレンジ!
Q.「この人は、こう言うか」という視点、常に持っていたいですね。最初はどのようにお仕事を探されましたか?
A. 学院から紹介のあった翻訳会社のトライアルを受けました。出産後、半年くらい経った頃かと思います。スポッティングは必要なく、自動でハコが切られている(注釈:字幕が入る場所が決まっている)ところに訳を入れていく、という特殊なお仕事でした。大変でしたが、とてもよい経験になりました。
その後、学院の春節イベントがあって、翻訳大会の結果発表と水野先生を囲んでの食事会が開かれることになり、地方から新幹線に乗って泊まりがけでしたが、子供は夫に任せて思い切って参加しました。そこで初仕事のご報告をして、その後、学院が取りまとめる翻訳チーム(注釈:学院が請け負った中国ドラマ翻訳案件)に参加させていただいてから、少しずつ実績を積めるようになりました。SST(注釈:字幕翻訳で用いられるソフト)を使用した最初の作品は仙境(せんきょう)モノ(注釈:中国の神仏思想に由来する作品)で、見慣れない用語に圧倒されそうになりましたが、勇気を出してお受けして、なんとか終えることができました。
もし仕事のチャンスが巡ってきたら、ぜひ迷わず飛びついてほしいなと思います。スポッティング講座を担当されている河栗まゆ美先生のインタビュー記事の中にも、三国志関連の翻訳依頼があり躊躇していたけど、水野先生に「やってみなさいよ」と言われて背中を押された、というエピソードが書いてありました。
■ デザイン業との両立。お世話になった方からの依頼は断りたくない
Q. 澤本さんに翻訳チームにご参加いただき、ありがたく思っています。では、もう少し今のお仕事の中身を伺わせてください。澤本さんはデザイン業もされていますよね?
A. はい。大学卒業後に映画関連の仕事をしていたと話しましたが、今でも主に映画のチラシデザインを請け負っています(デザイン業のクレジットは旧姓の「福田彩乃」)。翻訳に専念したいという気持ちもありますが、映画業界にいた頃からお世話になっている数名の方からの依頼のみ受けさせていただいています。その方々は、良質な作品を多く配給・宣伝されており、中央ヨーロッパの珍しい作品や小規模作品でも、素晴らしい作品があればなんとか日本で上映したいという志があり、私もご依頼をいただいたらなるべく断りたくない気持ちです。ここ最近は、ポーランド映画祭やショパンコンクールのドキュメンタリーのチラシ、ピーター・バラカンさんの音楽映画祭のパンフ等を制作させていただきました。個人的には翻訳とデザインは使う頭が違う感じがするので、なんだかんだリフレッシュになっている気がします。

(最近、デザインを手掛けた映画のチラシやパンフレット)
■ 睡眠時間の確保と、作業の効率化はいつも意識している
Q. 一緒に仕事をしたいと思える人と仕事ができるのが、フリーランスの醍醐味だと思います。翻訳の仕事とデザインの仕事をどのように両立させていますか? 一日のスケジュールも気になります。
A. 繁忙期になると、主に平日に翻訳業務、土日にデザインの仕事をすることが多いです。平日の朝はバタバタで、子供が保育園に行ってから9時に仕事を開始します。子供の保育園の送り迎えは夫がしています。午後6時には翻訳の仕事を終えて、ご飯を作り、みんなで食べて、夜の9時か10時には子供と一緒に寝ます。
Q. 規則正しいですね!そして睡眠時間もきちんと確保されていますね。
A. 私は十分に寝ないと全く使いものにならない体質なので、睡眠時間だけはなんとか確保するようにしています。とにかく効率化するために、食洗機、洗濯乾燥機、お掃除ロボット等、自動で家事をしてくれる電化製品は投資だと思って買い揃えました。あとは、夫が学生の頃に情報工学を学んでいたので、効率化のための家計簿アプリや業務ソフトを作ってくれたりします。SRTファイル(注釈:台詞が書いてあるテキストファイルのこと)を簡単にまとめられるソフトなどは仕事にとても役立っています。
Q. うらやましい二人三脚ですね。ところで先程、土日にデザインの仕事をするとおっしゃっていましたが、いつ休まれているのですか?
A. 仕事を休んで子供と遊ぶ時間も大切だとは思いますが、好きな仕事している背中を見せたいという気持ちもあります。ほとんど言い訳みたいな感じですが……(笑)。あと切実な理由として、子供がすぐ体調を崩して平日に保育園を休んだりするので、それに備えて土日も仕事せざるをえないという現実もあります……。夫も土日になると「じゃあ、ちょっと子供と遊びに行ってくるね~。仕事頑張って」というような感じです。
■ 地方の方も、オンラインで参加できるイベント・講座にはぜひ参加してほしい。SNSも大いに活用できる
Q. お子さんが小さいのにバリバリ仕事をされているなと思っていましたが、いろいろと納得しました! 澤本さんは石川県在住ですね。地方に住まわれている方、フリーランスの方に伝えたいことなどはありますか?
A. 自分は地方にいるから……と重い腰が上がらない方も、オンラインで参加できて役立つものがいろいろあるので、ぜひ参加してみてほしいです。私は「映像翻訳祭」((株)クープ主催)などのイベントや学院主催の講座など、気になったものはできるだけ受講しています。あと年に1,2度は東京に行って、皆さんと顔を合わせることも心がけています。SNSも大いに活用させていただいてます。中国語の翻訳者だけに狭めず、英語や韓国語の字幕翻訳者さんの投稿などを拝見するのもすごくためになります。学院で韓国語講師をされている金智英先生は、Xで便利なショートカットの使い方なども投稿されていて、活用させていただいてます。

(仕事をしているデスク周り。マクロキーボードが活躍)
Q. 澤本さんは金智英先生のマクロキーボードに関する特別講座にもご参加くださいましたね。
A. はい、金智英先生の講座はほぼ全て受講していますが、この特別講座も本当によかったです。今ではマクロキーボードがないと仕事ができないくらい活躍しています。金先生は自分が日頃モヤッとしていたことをバシッと言語化してくださる感じがあって、仕事の時に支えになっています。
以前、講座の中で「結局みんな、いいやつと仕事したいよね」とおっしゃっていましたが、私も普段から「翻訳者としてはまだまだ半人前だけど、せめて人間性は……」という意識が強く、とにかく素直でいる、感謝を忘れないことを自分なりに心がけています。ご縁があって一緒にお仕事をした共訳者さんには、助けていただいたお礼と感謝の気持ちを込めて自分からメッセージを送るようにしています。共訳者さんからは学ぶことが最も多く、師匠のような存在です。翻訳者同士で一緒に観劇や映画に行ったりしている関東圏の翻訳者さんたちが羨ましくて、メッセージの最後にいつも「金沢に遊びに来たら連絡してくださいね!」と添えたりしています。
■ 早めの返事を心がけている。自身のセールスポイントを客観視してみたら
Q.それは取りまとめをする当社としてもありがたいことです。そのほかに心がけていることはありますか?
A. 仕事のご連絡を頂いた際にはできるだけ早めにお返事をするよう心がけています。常に一番下っ端の気持ちで(笑)。みなさんお忙しいと思うので、即レスされたほうがきっと嬉しいかと思います。あとは、自身のセールスポイントを客観視してみるのもいいと思います。私の場合、人見知りをしない、誰とでも話せる性格なので、自分が潤滑油になって共訳者同士でざっくばらんに意見を言い合える雰囲気づくりをしたいと考えました。こんな自分でもいつか何かの瞬間にお役に立てていればいいな、と思っています。

(日本語版と中国語版の漫画やDVD。見比べて学習すると楽しい)
■ 翻訳者さんのエッセイはためになる。今後の目標は、台湾の作品を翻訳すること!
Q.最後に、この勉強法が効いた!というような、お勧めの勉強法、そして今後の目標を教えてください。
A.好きな作品のDVDの中国語字幕版と日本語字幕版を用意して見比べ、答え合わせをするというやり方は学びがとても多く、一番即効性が感じられた勉強法です。あとは好きな漫画の日本版と台湾版を買って読み比べたりするのも面白かったです。映画、ドラマ、漫画など、どんなコンテンツでもいいのですが、自分が好きな作品を題材にすれば楽しくて吸収も早いと感じます。やはり、「これが好き」という気持ちが一番効きますね。
あとエッセイが好きなので、定期的に著名な翻訳家さんのエッセイを読んでいます。モチベーションが上がるし、先人の知恵はすごく勉強になります。太田直子さん、通訳者の米原万里さん、クォン・ナミさんなどのエッセイは読みやすいのでおすすめです。
今後の目標は、映画の字幕翻訳を手掛けることです。今まで映画と関わってきた引き出しを活かせれば嬉しいです。それと、字幕翻訳をするきっかけになったのは台湾映画なので、台湾の作品もぜひ翻訳したいです。
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インタビューは以上です。常に前を向き、プラス思考、一つ一つ誠実に対応すれば、きっと良いことが訪れる、そんな好循環を引き寄せている澤本さん。中国語にはハンデを感じていたとのことですが、小さい頃から文章を書き、人一倍映画を観ていた澤本さんは、充分翻訳者としての素地があったのだと思います。人生経験を総動員して取り組む翻訳業の醍醐味を垣間見たような気がします。台湾が好きな澤本さん、いつか台湾の作品を翻訳してください。その日を楽しみにしています!

(台南の代表的な古跡・赤崁楼で冬瓜茶を持ちながら。いつか台湾の作品を翻訳したい)
聞き手:アイケーブリッジ外語学院 代表・幡野(2026年 5月)

